<前篇>
主婦のマリさんは、どうしていいのかわかりませんでした。
ある日、幼稚園にユウ君をお迎えに行くと、もうほとんどの子どもたちはお母さんが迎えに来ていました。
あわててクラスの前まで走ると、先生の声が聞こえました「ひどいお母さんだねー。」
ユウ君と手をつないでいる先生が、ユウ君の顔をのぞきこむように話かけています。
今日は予防接種があったのに、母子手帳を忘れたのでユウ君だけが受けられなかったというのです。「すみませんでした!」マリさんは、ユウ君の手を奪うようにして幼稚園を去りました。他のお母さんたちの冷たい視線が背中に刺さるように感じながら。
マリさんは、32才。実はやっとやりたかった仕事がみつかり、ユウ君が幼稚園に行っている時間だけ働きはじめたのです。小さな子がいる人はダメだと言われましたが、病気の時でも見てくれる人がいるから絶対休まない、とウソをついての採用でした。
新しい仕事のことで頭がいっぱいで、すっかり予防接種のことは忘れていたのです。
早足で家にたどり着くと、マリさんはお湯を沸かしながら「早く手を洗いなさい!」とユウ君をせかします。ところがマイペースのユウ君はリビングの床でお絵かきをはじめてしまいました。クレヨンが床にはみ出して…。
おやつを用意していたマリさんはイライラが募ります。
「なにやってるの!」ついにユウ君を叩いてしまいました。
さっきの恥ずかしさがこみ上げてきます。他の予防接種会場を探さなくちゃ、上司に仕事を休むといわなくっちゃ…。行き場を失った怒りに、叩く手を止められません。
ユウ君のクレヨンが白い紙の上にちらばりました。
急いでお迎えに向かう途中忘れずに買った、ユウ君との約束のドーナツの箱も潰れてしまいました。
「わたし、何やってるんだろう…」泣きながら眠ってしまったユウ君の寝顔を見ながら、マリさんはこころが張り裂けそうでした。
マリさんは、初めて相談にきたとき「どうしていいかわからない」と言いました。
母親の資格なんかないとひどく自分を責めている反面、何もかも私が悪いっていうことですよねと投げやりな言葉もでてくる。
けれど、本当は可愛いと思っている子どもを、叩きすぎることはやめたいという切ない気持は痛いほど伝わってきます。
本当に変わりたいのですね?「はい」と答えるマリさんとのセラピーは、まずこころの中を一緒に整理することから始まりました。
…つづく